Topics Year 2010
2010年総まとめ
○第100回の伝統の全英オープンで田児賢一選手が日本男子44年ぶり決勝進出の快挙。惜しくも準優勝
○メキシコでの国別対抗の世界ジュニア選手権団体で日本は五位。女子単で松尾美佐紀選手が準優勝
○クアラルンプールでのトマス杯・ユーバー杯、日本は男女とも銅メダルの健闘、男子のメダル獲得は31年ぶり
○活躍期待のイケシオが日本ランキングサーキットの混合で8ヶ月ぶりの復活優勝
○沖縄インターハイ、男子団体は埼玉栄が6年連続7度目、女子は聖ウルスラ学院英智が3度目の優勝
○ヨネックスオープンジャパン、女子複でスエマエがベスト4、男子単では佐々木翔選手がT.ヒダヤットを倒す金星
○パリでの世界選手権、山田和司選手が日本男子30年ぶりのベスト8進出
○広州でのアジア大会、団体男子は準々決勝敗退、女子はまさかの初戦敗退、個人戦では女子単の廣瀬栄理子選手が銅メダル
○全日本総合、男子単は田児賢一選手、女子複は廣瀬栄理子選手が各三連覇、男子複は平田・橋本組、女子複はスエマエが悲願の初優勝
○日本リーグ、日本ユニシスが史上初の男女アベック優勝。男子は2年連続四度目、女子は初。三洋電機の9連覇はならず。
加奈子ファンさん、いつもありがとうございます。
全英オープンでの銀メダル、トマス・ユーバー杯での男女銅メダルは本当に驚きました。日本男子のレベルも確実に上がってきていると思います。世界トップレベルの男子ではリンダン選手、リーチョンウェイ選手、女子では中国選手に勝つことができるかが今後の課題なのでしょうね。
すり足
ヨネックスジャパンオープンのシングルス決勝(Lin Dan VS Lee Chong Wei)はとても見ごたえのある試合でした。相変わらずの安定感とスピードが連戦後の決勝でも持続させられるということにも驚きました。
両選手のフットワークを見ていると、ジャンプ時以外は上体の上下動が少なく、それに加え、足があまり床から浮いていないように見えました。しかも、時には歩いているようでもあり、日本古来の「すり足」を思い出しました。
「すり足」とは和の基本動作と言われ、大腰筋と内転筋(太ももの内側の筋肉)を活性化させると言われており、能、剣道、居合道、舞踊、茶道、相撲などでよく知られます。
大腰筋は、上半身と下半身をつなぐ筋肉で、太ももを上げたり、背骨を支える、よい姿勢を保つなどの機能を果たすようです。また、骨盤が地面に対して垂直な西洋人に対して、日本人は猫背が多く骨盤が後ろに傾いているため、足を大きく上げて動くと、骨盤が上下に動き速度が落ちると言われています。ゆえに「すり足」の方が骨盤が安定して移動しやすくなるとのことです。
「よい姿勢」が保てるようになると、動き出し時でも脊柱の軸回転運動が使いやすくなり、体の余計な力みが減り、視野が広がると考えられます。また、大腰筋などが活性化されることもあり、前足を大きく振り出すことができるようになり、さらには前足の着地点を細かく微調整できるようにもなるとも考えられます。
中国で考えられたといわれる「シャセ」という寄せ足の動きに加えて、この「すり足」をフットワークに加えることは、ショットの安定にとても大きく効果が現れると考えられます。
「すり足」の練習方法
NHKの課外授業~ようこそ先輩~という番組では「こえよう!走りの限界」というタイトルでプロ陸上選手為末大さんの話がされていたようです。その中では、
最初に子供たちに最初に実行させたのは体育館でスリッパを履いて走るらせること。スリッパを履いたまま足を出すと、そこに自分の体が乗っていく。自分の足の上に重心が交互に乗っていき、きれいに前に進むようになる。つまり、すり足で走ると骨盤が安定し、前に進みやすくなる。
初めはスリッパが脱げてしまい上手くいかなかった子供たちもそれを為末選手が「忍者の走り」と説明すると一気に理解し、スリッパ走りをマスター。
そのイメージが消えないうちにタイムを再測するとたった15分の練習にもかかわらず29人中15人が0.5秒以上タイムを短縮しました。「
REDFOXのページ参考」
と説明されていました。
日本人が大切にしてきた古武術の動きは、もっと色々なところへ応用できるのかもしれませんね。
プロ意識
人の心には常に欲望の種があります。外からの刺激(見る、聞く、触る、臭う、味わう、思考する)によってその種が活性化し、欲望を満たす脳内ストーリーへと心は引っ張られてしまいます。そうなると集中力は低下し、本来の実力を発揮することができません。つまり、欲望通りに行動すると、悪いショットが出る確率が高くなると考えられます。
よく、「欲望が無ければやる気が出ないじゃないのか?」と耳にしますが、欲望は結果への執着、やる気は所作への集中力を楽しむ気持ちと解釈すると、全くの別物であると考えられます。
欲望を抑えるためには、自己ルールを課すことが大切です。その最も初歩として「物事の好き嫌いを無くす」ことから始めるといいと米長名人の著書「人間における勝負の研究」に書かれています。バドミントンにおいても、苦手意識や弱点があると、それによって感情が動かされ勝負になりません。勝負においては「選り好み」する我が儘は許されないのです。中でも「食べ物の好き嫌いの激しい人は、感情に動かされやすいと思う」と書かれていました。
成長段階では「長所を伸ばす」教育法は有効ですが、世間から認められる上級者にとってはほんのわずかな欠点が命取りになります。ですので、我が儘と甘えでウィークポイントを作らないことが大切なのです。
アマチュアとプロに違いについても記されており、その差は、集中して練習した時間に関係し、プロは約6000時間集中を維持した者であるようです。集中力を維持できる限界はおよそ2時間。それを一日に2回行うと4〜5年になります。もちろん環境も関係ありますが、どれだけ集中して取り組み、工夫するかによって大きな差が生まれることは言うまでもありません。
「勝負は勢いのある方が勝つ」
「世の中の事象はすべて波に支配される」ように、実力が似通えば形成の善し悪しが必ず起こります。形勢が良い時は、攻めの勢いが自然に結果へと結びついているので、じっとして動かない心境が大切です。欲を出さず、平々凡々と事を進めます。しかし、形成が悪い時は、奇抜な変化を作り出すのではなく、「我慢」してどこで逆転できるのかという「チャンス」をじっと伺うことが大切であると名人は語ります。今は守っているが、次の瞬間には攻めて出ることができる「受けの勢い(辛抱)」が大切です。最もやってはいけないことは“猪突猛進”。波の中で状況判断ができないと、攻め、守り両方の勢いを失ってしまうからです。
「今、打って出た方がいいのか」「今はじっと耐える時なのか」を判断することは難しいですが、そのような時に役に立つのが、知識を実践する日頃の努力の賜物、「カン」なのかもしれません。
どう攻めればいいかわからないとき、がむしゃらにもがくよりも、相手に「どう攻めますか?」と差し出すのも一つの攻め方かも知れません。バドミントンにおいて「差し出す」というラリーは、相手にとって“時間”を感じさせるようなショットではないでしょうか。例えば、高さのあるハイクリアやサービス、ロビング、またはハーフショットなどの弱い球、ダブルスでは2人の間への緩いショットなど。「攻めてください」という受け身のショットではなく「迷い」を相手に生じさせることができれば、ミスを誘う確率が高くなるでしょう。「弱い者ほど早く結論を出したがる」という言葉があるように、自らの判断に自信が持てないような迷いは、相手の感情を刺激し、向こうから「負けてくれる」かもしれません。
「自分に有利な空気を作る」
勝負がついた後、結果について自慢したり言い訳したりするのは、相手や周りの人に嫌みだけが伝わります。さらに、心に油断ができるせいか、次の結果がうまくいかないことも多くなります。勝負が決まってもできるだけ表情を崩さず、勝った場合でも、負けた側の悔しさを汲み取り、逆に負けた場合は「負けました」と素直に言える心持ちが周りの空気を和ませます。そのような謙虚な姿勢が「あの人なら勝って当然だ」という周りからの後押しの雰囲気につながるのです。「あいつには勝たせたくない」という空気を作らないように常に自分の行動をチェックしていくことがプロ意識なのかもしれません。
揺るぎない平常心
試合に勝ったり、負けたり。ショットが上手くいったり、ミスしたり。バドミントンに限らず、行動が起これば何らかの結果がついてきます。時には、結果が目に写り(ミスショットが見え)、ミスから周りの落胆した声や自分で自分を叱咤する声が聞こえたり、体勢の悪い状態での失敗を体で感じたり、負けそうな状態になると過去からの嫌な記憶がよみがえって不安になったり。
「○○ができないっ!!!!」(例えば相手のクロススマッシュがとれないなど)と、これからの結果も決めつけてしまうような心の叫びを一瞬にして呼び起こしてしまいます。本当は「○○ができなかった」という過去の一時の出来事だけなのですけど。
試合などでは、見る・聞く・感じる・考える(臭う、味わうはこの場合省きます)が常に起こります。それらのインプットされた情報を記憶や概念を通して自分の都合のいいように理解する反応が始まります。そして、それらは「苦しい」「楽しい」「フツー」の3つに分類され、「苦しい」からは反発したくなり、「楽しい」にしがみつき、「フツー」から逃げたくなります。これは人間の組み込まれた本能です。
バドミントンを俗っぽく(煩悩から)考えると、
「練習は苦しいからしたくない。でも、周りに認められたいから大会では優勝したい。ただし、簡単に勝てるような大会で優勝しても面白くない。」
とでもなるのでしょうか。
この、苦しみから反発する「怒り」、認められたい慢の「欲望」、退屈から逃れたい「迷い」は、煩悩の「三毒」と仏道では呼ばれています。
朝、30分ほど坐っていますと、不意にいろいろな映像が頭に湧いてきます。そして、知らぬうちに思考が進み、とんでもない方向へストーリーを作ってしまっている事が多々あります。ふっと気付き“今”に戻ってきたとしても、また、フツーの状態から逃れたいのか不意に全く関係のない映像が飛び出してきたりします。
心は放っておくと勝手に思考を始めてしまいます。それは、思考による「刺激」が欲しいためだからだそうです。「苦しみ」も「楽しみ」も心を同じように刺激します。従って、「心」が生み出す思考は、言葉を操りながら“自分”が思考しているように思っていますが、実はそう心に騙されているだけで、ほぼ反射の繰り返しなのだそうです。そこにはもはや「自分、自我」などは存在せず、ただ、単に外部からのインプットに本能で反射しているだけなのです!!
「心」が勝手に生み出す思考に騙されないように、しっかりと自己のルールを設定し(戒)、一つの事へ集中し(定)、苦しみと楽しみを観察(慧)しなければならないと仏道は説きます。その先に、苦しい、楽しい、または退屈な、出来事に左右されない「平常心」が存在します。これは、心のメンタルトレーニング。外部からのインプットに右往左往されず、心にコントロールされないことが、しなやかな生き方と申せるのかもしれません。
参考文献:小池龍之介氏著書
「自分から自由になる沈黙入門」「煩悩リセット稽古帳」「仏教対人心理学読本」
「もう、怒らない」「考えない練習」